日本人の仏教
日本に仏教が伝えられたのは六世紀のころでした。それから、二十一世紀の現代まで、人から人へと受け継がれ、決して途絶えることはありませんでした。
多くの寺院、多くの仏像、多くの経典や著作、これらは僧たちによって今日まで護られ維持されてきました。それらは、日本人の信仰の対象としてだけではなく、日本の文化としても、貴重な財産といえるでしょう。
仏教の教えは、それまでの日本固有の文化と深く関わり合いながら、人びとの生きる支えとして、心の奥深くまで染み込んでいきました。そして、日本人の生活のなかにも、それまでの習俗と関わり合いながら、深く浸透していきました。
日本では、一年をとおし、古くから、さまざまな行事が行われています。ご承知のように、仏教に関わる行事も数多く伝えられています。
新年を迎えると、それぞれ神社や寺院に初詣に出かけ、一年の無事をお祈りします。二月には節分、三月にはお彼岸、四月には花祭り、夏にはお盆など、さまざまな行事が行われています。これらは、私たちの幸せを願うばかりではなく、亡くなった方への思いも忘れることなく、心を込めて行われています。
古くより、日本の文化として培われてきた日本の仏教は、さまざまな形で日本人の心の支えとなってきたのです。その意味では、伝統的に伝承されてきた日本の仏教は日本人の「こころのふるさと」ともいえるのではないでしょうか。
私たちは、日本人が心の支えとして伝えてきた仏教を、これからも末永く伝えていきたいものです。伝統的な仏教行事はもちろんのこと、古くから伝わる寺院や仏像、折にふれて読誦される経典、それを伝えてきた僧たち、そして、その僧たちの教えを記した著作、もっとも基本となる仏教の教えについて、考えてみたいと思います。
多くの寺院、多くの仏像、多くの経典や著作、これらは僧たちによって今日まで護られ維持されてきました。それらは、日本人の信仰の対象としてだけではなく、日本の文化としても、貴重な財産といえるでしょう。
仏教の教えは、それまでの日本固有の文化と深く関わり合いながら、人びとの生きる支えとして、心の奥深くまで染み込んでいきました。そして、日本人の生活のなかにも、それまでの習俗と関わり合いながら、深く浸透していきました。
日本では、一年をとおし、古くから、さまざまな行事が行われています。ご承知のように、仏教に関わる行事も数多く伝えられています。
新年を迎えると、それぞれ神社や寺院に初詣に出かけ、一年の無事をお祈りします。二月には節分、三月にはお彼岸、四月には花祭り、夏にはお盆など、さまざまな行事が行われています。これらは、私たちの幸せを願うばかりではなく、亡くなった方への思いも忘れることなく、心を込めて行われています。
古くより、日本の文化として培われてきた日本の仏教は、さまざまな形で日本人の心の支えとなってきたのです。その意味では、伝統的に伝承されてきた日本の仏教は日本人の「こころのふるさと」ともいえるのではないでしょうか。
私たちは、日本人が心の支えとして伝えてきた仏教を、これからも末永く伝えていきたいものです。伝統的な仏教行事はもちろんのこと、古くから伝わる寺院や仏像、折にふれて読誦される経典、それを伝えてきた僧たち、そして、その僧たちの教えを記した著作、もっとも基本となる仏教の教えについて、考えてみたいと思います。
宗派
日本に仏教が伝来し、飛鳥・奈良時代になると、次第に仏教が浸透するようになり、それぞれの経典や論書にもとづき、宗派を形成していくようになります。奈良時代の仏教は、経典や論書の研究が中心であり、三論宗、法相宗、華厳宗、律宗、倶舎宗、成実宗、と呼ばれる宗派に代表されます。いわゆる南都六宗と呼ばれる宗派です。
都が京都に遷り、平安時代になると、唐(中国)より新しい宗派が伝えられます。最澄は、唐で天台宗を学び、帰国後、比叡山に延暦寺を建立して、日本に天台宗を開きます。また、空海は、唐で密教を学び、帰国後、高野山に金剛峰寺を建立し、真言宗を開きます。これらの宗派は、学問的な研究が中心であった奈良時代の仏教とは異なり、祈祷が中心であり、祈祷仏教とも呼ばれています。
平安時代になると、中期から末期にかけて、浄土への信仰が次第に強くなっていきます。鎌倉時代になると、法然が浄土宗を開き、親鸞が浄土真宗を開きます。そして、一遍が時宗を開きます。
その一方で、坐禅への関心も強くなります。栄西は、宋(中国)へ渡り、臨済宗の坐禅を学び、帰国後、京都に建仁寺を建立し、日本に臨済宗を開きます。その後、道元も宋へ渡り、曹洞宗の坐禅を学び、帰国後、越前(福井県)に永平寺を建立し、日本に曹洞宗を開きます。これらの宗派は、坐禅を強調するところから、禅宗とも呼ばれています。
また、このころ、『法華経』への信仰も根強く受け継がれていきます。日蓮は、強く『法華経』を信仰し、その題目を唱え、新たな宗派を開きます。日蓮宗です。
その後、江戸時代になると、隠元が明(中国)より来日し、京都宇治に万福寺を建立し、黄檗宗を開きます。また、天台宗の融通念仏派は、融通念仏宗として独立します。
今日、日本の仏教は、宗派の数も多くなっていますが、天台宗、真言宗、浄土宗、浄土真宗、時宗、融通念仏宗、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗、日蓮宗、律宗、華厳宗、法相宗などの伝統的な宗派を、日本仏教十三宗として紹介することがあります。また、それぞれの派を加え、十三宗五十六派として紹介することもあります。
都が京都に遷り、平安時代になると、唐(中国)より新しい宗派が伝えられます。最澄は、唐で天台宗を学び、帰国後、比叡山に延暦寺を建立して、日本に天台宗を開きます。また、空海は、唐で密教を学び、帰国後、高野山に金剛峰寺を建立し、真言宗を開きます。これらの宗派は、学問的な研究が中心であった奈良時代の仏教とは異なり、祈祷が中心であり、祈祷仏教とも呼ばれています。
平安時代になると、中期から末期にかけて、浄土への信仰が次第に強くなっていきます。鎌倉時代になると、法然が浄土宗を開き、親鸞が浄土真宗を開きます。そして、一遍が時宗を開きます。
その一方で、坐禅への関心も強くなります。栄西は、宋(中国)へ渡り、臨済宗の坐禅を学び、帰国後、京都に建仁寺を建立し、日本に臨済宗を開きます。その後、道元も宋へ渡り、曹洞宗の坐禅を学び、帰国後、越前(福井県)に永平寺を建立し、日本に曹洞宗を開きます。これらの宗派は、坐禅を強調するところから、禅宗とも呼ばれています。
また、このころ、『法華経』への信仰も根強く受け継がれていきます。日蓮は、強く『法華経』を信仰し、その題目を唱え、新たな宗派を開きます。日蓮宗です。
その後、江戸時代になると、隠元が明(中国)より来日し、京都宇治に万福寺を建立し、黄檗宗を開きます。また、天台宗の融通念仏派は、融通念仏宗として独立します。
今日、日本の仏教は、宗派の数も多くなっていますが、天台宗、真言宗、浄土宗、浄土真宗、時宗、融通念仏宗、臨済宗、曹洞宗、黄檗宗、日蓮宗、律宗、華厳宗、法相宗などの伝統的な宗派を、日本仏教十三宗として紹介することがあります。また、それぞれの派を加え、十三宗五十六派として紹介することもあります。

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